ヤッホー! と愉快な山仲間
第68回「日々鍛練,健康の証し」の巻
小天狗
鼻曲山小天狗にて 


【当日のデーター】
日 時:平成19年9月15日(土)
天 気;うす曇り
参加人数:9名
行程概略;JR上野駅6:52発---<長野新幹線あさま503号>-軽井沢駅08:11着--<タクシー>-- 鼻曲山登山口9:00発⇒一の字山(1336m)⇒留夫山(1590m)⇒鼻曲峠霧積分岐12:35着・K組昼食、O組小天狗(1654m)12:50着--昼食--13:30発⇒鼻曲山霧積分岐13:50 ⇒14:30合流⇒十六曲霧積分岐⇒霧積登山口15:50着⇒霧積温泉きりづみ館16:20着--入浴--17:30発---<タクシー>---横川駅18:10着---打ち上げ---横川駅19:54発---高崎駅20:25着-20:31発---<高崎線快速>---上野着22:08解散
歩行時間:6時間半
シゲ歩数;20900歩


―母さん,僕のあの帽子、どうしたでせうね〜え、夏碓氷から霧積に行くみちで、渓谷へ落としたあの麦稈帽子ですよ。
―母さん,あれは好きな帽子でしたよ。僕はあのときずいぶん悔しかった。だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。
―母さん、あの時、向こうから若い薬売りが来ましたっけね。紺の脚絆に手甲をした。そして拾はうとしてずいぶん骨折ってくれましたっけね。だけどとうとう駄目だった。なにしろ深い渓谷で、それに草が背丈ぐらい伸びていたんですもの。
―母さん,ほんとにあの帽子どうなったでせう?
さて今回は西条八十の詩“帽子”から始まり。今から30年前に映画、TVでも大ヒットした森村誠一原作“人間の証明”に因む山を歩きました。
軽井沢駅前
しっかり釜飯買うたぞ! 
熊野神社裏
熊野神社裏でストレッチ
登山口
ここが鼻曲山登山口です
水分補給
水分補給が大事
今回のメンバーは紅隊長ウーノン大番頭に、メガミータ港のヨーコクリムショースケカズロフ初参加のノコそして筆者のシゲチッチの総勢9名、私がレポートするときはいつも9名とは、これも何かの縁か?
さて大番頭ノコさんと私は大宮からあさま503号に乗車。3連休初日とあってほとんど満席状態、紅隊長たちが東京から我々三人の分の席を確保してくれてた。僅か60分で軽井沢到着。昭和初期、画期的な発明であったアブト式鉄道で碓氷峠を越えるのに1時間半もかかっていたことを思うと隔世の感がある。軽井沢駅で紅隊長たちが"おぎのや"の釜飯をお昼用に購入。周りの人が重いんじゃないのと心配顔。3台のタクシーに分乗して軽井沢市街を抜けて熊野神社裏の登山口に到着、9時鼻曲山に向かってスタート。先日の台風の影響からか、木々が結構倒れている箇所多く歩きづらい。道なりに獣が掘り起こした跡が数々あったり、獣の臭いも感じられたりで熊なのか、猪なのか皆少々不安気味の様子。
大丈夫
まだまだ,大丈夫よ!
留夫山
留夫(とめぶ)山で初参加のノコさん(後列右端)
倒木苦戦1倒木苦戦2
台風9号の仕業?倒木が凄い!
シダ原
 異様な雰囲気が漂うシダ類の繁る斜面

アップダウンが多々あり、結構体にこたえる。何とか鼻曲峠霧積分岐点12:30分頃到着。ここでもうしんどい組は昼食となりました。体力まだある組のショースケメガミータ港のヨーコと私は小天狗を目指す。小天狗は最高の眺望、本当日本って緑豊かで結構広い国だと実感いたします。メガミータ曰く「私は晴れ女、行くところすべて晴れ」、逆に紅隊長は雨女だとの事、だからさっきまで紅隊長と一緒だから曇っていたんですって。(お二人ご一緒なら程よい曇りで熱射病の心配ないでしょうね)ところがショースケ、死んだようにあまり食欲もなく、ただただ寝ている状態で調子悪そう。よって恒例の昼食後のコーヒーは無し。
釜飯
上が元祖おぎのやの釜飯
しんどい組
もうしんどい組も腹ごしらえして生き返る

通行止め
あれ〜ぇ,通行止めじゃ
十六曲分岐
霧積十六曲峠分岐
霧積側登山口
霧積温泉からの登山口に到着
先のもうしんどい組はすでに先発しており、先日の台風で路が流されてしまい通行止め、迂回路ができている辺りで追いつく。ただショースケが10分以上たっても姿を見せず、カズロフメガミータが来た道を戻り探しに行くと、小天狗で昼寝していたとか・・・。迂回路をアップアップしながら、さあ、あともうひと踏ん張り。急な坂を上って下りて、霧積十六曲峠分岐に到着。その後一気に霧積温泉を目指して下山する。4時過ぎやっときりづみ館に全員到着。有名な六角風呂があり(当日は女性風呂)、紅隊長はこのお風呂でリラックスされた様子。また玄関には小説に記述されている水車があったので、きりづみ館のご主人に「“人間の証明”に出てくる若夫婦とは貴方たちのことですか」と尋ねてみたが、「あれは小説だけの話だ」と一蹴されてしまった。
きりづみ館1
きりづみ館ロビー
きりづみ館2
温泉で汗を流してスッキリ 
それから横川駅に向うタクシーで横川の状況を聞いたら、やはり小説に書かれていた通り、この町は鉄道のおかげで沢山の人が職についていた。機関車が列車を牽引していたが、人々の生活も鉄道が牽引をしていたんですね。新幹線が開通してからは横川での鉄道の仕事がめっきり減ってしまって町に活気がないそうです。なお当日は、町はお祭りで多少にぎやかでした。
そして横川駅近くの松一食堂で打ち上げ。初参加のノコさんが「皆様にご迷惑をかけてしまい恐縮しています」との事でしたが、いえいえそんなことはありません。充分に楽しかったし、わが紅隊には必要な方です、ハイ。最後にこの店自慢の味噌ラーメンを食し、全員がご満悦の様子。実際のところ皆さん結構疲れている様子でしたが、よく食べ、よく飲み、横川からはよく寝ていたし、まさに“健康の証明”だと思いました。いやぁ健康って本当にいいですねぇ。森村誠一さんにありがとう。
(蛇足ながら中国語では山登りをすることを“爬山”(Pashan)といいます)
(文責;シゲチッチ、写真&編集;ウーノン)
紅隊長が山で額を虫に刺され,帰京した夜から右眼が腫れ上がり,翌日からの高座では皆様にご心配をおかけしましたが,もうすっかり良くなりました。