酒の魅力
は好きな人にとっては「百薬の長」「うれいを払う玉ほうき」だが、嫌いな人から見れば「狂い水」「礼に始まり乱に終わる」などと言われる。
講談の中には、大酒を呑んで名槍日本号をもらってくる母里太兵衛の「黒田節の由来」や、赤穂義士の赤垣源三「徳利の別れ」などが有名だが、どちらも物語を盛り上げるのに酒の「呑み方」の上手下手がきめ手となる。よく酒好きの人は呑み方が案外ヘタで、下戸の人の方がウマイと言われるが、確かにそうかもしれない。しかし、酒好きな私でもたまには「紅ちゃん、さすがにおいしそうに呑むねぇ」とほめられることもある。そんな時、私が味を想像しながら呑んでいるお酒が、ここ中目黒の「千代菊 入船」のお酒、岐阜羽島の『千代菊』なのだ。

    住所;目黒区上目黒3-5-22  東急東横線中目黒駅近くの高架下
    電話;03-3711-2401
  営業時間;午後5時から11時半まで
   定休日;日曜祭日
この店の名物は二つある。一つは何と言ってもお酒『千代菊』で、冬場の「にごり」は半透明の日本酒でこれはもう絶品。日本酒にしては二十度もある強い酒で、一人三杯までと決められている。このお酒を呑むと他で飲む酒が実に水っぽく感じられて、とにかくクセになってしまう。そしてもう一つの名物は、もちろん店主の渡辺さん、深川生まれの新橋育ち、お父さんが新国劇の殺陣師だったこともあって、手拭いを集めて仕立てた半纏姿もキリリと決まっている。中目黒より浅草が似合う下町風のサッパリした気性が魅力で、彼の顔を見るために毎日通ってくるお客も多い。
酒のつまみの方はとなると、これは「ホンノ少し」で、渡辺さんのよくよく吟味した、珍味、美味なるものがその日によって出てくる。かじき鮪をからしで食べるなど独特の工夫があるが、まあガツガツ食べたりガブガブ呑む店ではなく、酒好きがシャレたさかなでチビリチビリと盃を傾ける店なのだ。


マスコットさん(岡野さん)は、この店のマスコットで、毎日この店に現れないと渡辺さんが彼女の健康状態を心配するといったご常連だ。三十九歳の時、脳梗塞で倒れ左半身が不自由となったが、人生の山を一つ越えてしまったような優しさは、悩める健常者を救ってくれることもしばしば。ハンディのある人との付合い方も彼女に教えてもらった。もう一人はメガネちゃん(益子さん)。何故か年齢不詳。住所不定のOLだが、キチンと着物を着て寄席の客席にさっそうと現れる。そんな「伊達もの」がこの店には寄り集まってくる。カウンターだけの店だから自然お客同志が顔なじみとなる。人との出会いはまさに宝。今宵も宝の入船の船出は夜中となりそうだ。
【神田紅・文 AUG 1995 東京人より 】
マスコットさん
メガネちゃん


                   

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