目録 プロフィルスケジュールメッセージヤッホー根多帖映画・芝居宇宙


日本舞踊
小学生の頃からお稽古事が大好きでピアノ,ギター,書道などを習っていました。 日舞は20歳過ぎた頃、藤間勢子先生に出逢いその美しさに魅せられてそれこそ夢中で稽古しました。 30歳で名取になり父の名前の『喬』と勘十郎先生の『勘』を貰って藤間勘喬(かんきょう)となりました。 今は坂東三英邑(みえむら)師匠のもとで相変らず稽古に励んでいるとか。 講談には踊りがでてくる噺もありますので、お客様に踊りも楽しんでいただけ たらと思って取り入れているそうです。
    


2005年11月5日日本橋劇場において開催された坂東三英邑師匠の英会より
プログラム
伊達娘恋緋鹿子より「櫓のお七
出演;お七 神田 紅
   お杉 坂東 蝶
人形遣い 
小川義昭,笠原耕造,久保泰介
安政三年(1856年)江戸市村座初演
小団子が演じたとき改訂した曲が現在のもの,第七段が櫓の場八百屋お七が吉三を助けるために,偽りの火急太鼓を打つもので,その人形振りが見どころ。大変大衆受けする踊り
写真集はこちらから


1997年9月7日 入船30周年記念パーティにて
素敵な踊りをマスターにプレゼント
せつほんかいな2



三味線
高校時代は名門進学校でしたがスポーツは卓球を夢中でやっていました。 日舞を初めると同時に三味線にも興味を持ち、長唄を習いだして端唄も初めるようになり、故檜山さくら師匠について端唄協会の会員になって端唄会にも出演しています。 最近は長唄・端唄にも飽き足らず、2代目竹山(高橋竹与)さんに津軽三味線を習ったり,端唄の青木かくえ先生のところへ時々通っているとか。ちなみに三味線は細・太合わせて四丁も持っている。(身体がいくつあっても足りないのでは!)

華麗なる変身