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講談百年物語
|芸道25年独演会|
桃太郎より
紅さんは、「昭和54年に−知人の紹介で神田山陽師匠の元を訪ね講談の道に入ったわけですが、幼い頃から習いごとは色々していたのに、人様の前で自分が何もできないことを知ったとき、一人芸にひかれたのです。 そして師匠の講談を聞き、語り口の不思議なイントネーションや節回しの小気味良さ、それに日本語の美しさにたちまちのめり込みました。 最初は文学座の仲間二人とお稽古(けいこ)のつもりで通ったのです。 ちょうど先輩の女流講釈師の”天の夕づる”さんが結婚して辞めるところで、師匠は寂しかったらしく、天丼(てんどん)を取ってくれたり、私たちを歓迎してくれました。そのうち兄弟子から[君たち、掃除もしてもらわなければ……]と言われ、掃除を引き受けたら自然に内弟子になっていました。満二十五歳の春のことでした。医者志望も女優志望も共に挫折し、一寸回り道したが講談は自分に向いていたようでした。今では講釈師は天職だと思っています。」と語ってくれました。
最初の頃は先輩や講談の常連に無視されたりしてきましたが、山陽師の暖かい励ましと理解によって持ち前の忍耐と頑張りで、今やすっかり業界でも高い評価を得るようになったのです。それにしても山陽師匠は良き理解者だったようで、とても柔軟な方で 『講談の可能性は無限』という考えです。女流についても講談界の活性化につながると言ってどんどん弟子を増やしています。 紅さんらが踊ったり、照明を活用していた頃、あちこちから「あれは講談じゃない!舞踊ショーだ」などと陰口をたたかれた時も、師匠は「それでよろしい」「好きなようにやりなさい」と励ましてくれたのでした。その結果、今では現在四十五人の講談師のうち女流は十八人にまで増えて、講談そのものもずいぶん盛り返してきています。
紅さんの持ちネタは約70席ありますが、何といってもオリジナル講談が素晴しい。 初期の頃は得意のタップも踏む「くろすおーばー講談」を、洋物では「マリリン・モンロー」や「オードリー・ヘップバーン」を、文芸作品を講談にした「紅恋源氏物語」 (紫式部)、「おおつごもり」(樋口一葉)、「桃太郎」(芥川龍之介)、「オドリマメ」(椎名誠 原題;喜びの渦巻き)があります。 また講談師になって間もないころ、これまでの女優の経験を活かして鏡花の作品「義血侠血滝の白糸」「高野聖」「鬼の角」「旅僧」の四作品を芝居仕立てにし、独自の分野を開拓しました。演出家の小田健也さんの演出で原文を随所に折り込んで質の高い内容にし、高座を一杯に使ってのダイナミックな表現をしています。
なお鏡花の作品を講談にするに当たっては、神奈川・逗子に住む養女の名月さんにお墨付きをもらったこともあるという。私個人的には滝の白糸の初演が印象に残っています。
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滝の白糸より
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牡丹燈篭 お札はがしより
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紅さんの高座は踊り有り、タップ有り、バックグランドミュージック有りと、他の講釈師では見られない斬新な演出がとにかく観客を大いに喜ばせ感動を与えてくれる。 最近は白子屋政談などの古典も手掛けており旺盛なチャレンジ精神がうかがえる、一方漫才の内海桂子師匠をお相手に座談「寒も明ければ」と、俗曲の弾き唄いなど幅広い芸風を備えています。